新宿・歌舞伎町にある、ひとつのシーン

新宿・歌舞伎町にある、ひとつのシーン

東京は新宿・歌舞伎町に現れたカルチャーの交差点。ここを執り仕切る黒瀧紀代士さん、黒瀧保士さんに新宿と芸術の相関関係とその先についてお話を伺いました。

Profile: 黒瀧 紀代士 (クロタキ キヨシ)

1986年、東京生まれ。
2020年7月~デカメロン立ち上げに携わる。
現在、2Fデカメロン、1F一刻、000T KABUKICHOのディレクター兼店長。

 

Profile: 黒瀧 保士 (クロタキ ヤスシ)

1986年、東京生まれ。役者、ダンサー、振付家。2010年、代々木博康氏にマイムを師事。並行してクラシックバレエを学ぶ。2010年から2016年まで、野田地図の公演にアンサンブルとして出演を重ね、野田秀樹総監修の東京キャラバンにも2015年から2021年まで参加。自身の創作活動は2011年から開始。マイムをベースとした身体表現を追求している。
 黒瀧保士(@yasushikurotaki4


デカメロンと一刻と黒Tと

ーまず初めにここの場所ができたきっかけを教えてください。 

 

 紀代士: まだ僕自身がアーティストとして活動しつつ、ゴールデン街のOPEN BOOK(注1)というお店に立っていたころからこの構想はありました。新宿でアートスペースを表現運営することができないかな?と考えていたんです。そこに行けば常に新人作家や中堅作家と出会うことが出来る。新宿のある意味(夜の新宿は言わずもがな、その対局としての)昼間の顔として大変サマになるのではないか、そんなスペースを構想していました。代表の手塚(注2)(以下マキさん)とは、随分な時間をご一緒していてこの構想についても定期的に話し合いの場を設けて下さっていたのです。各ジャンルの人たちが各々場所を主宰して、常に芸術表現を回遊して見ることができる街なんて素敵じゃないですか? でもコロナになって一度は頓挫しかけたのですが、改めて手塚マキさんが声をかけてくださり現在に至るわけです。じゃあコロナ禍のこのタイミングで何をやろうか、と。改めてコンセプトからじっくり考え直す中で、ある日の深夜2:00くらいですかね。突然マキさんから「店名デカメロンはどう?」と。しっかり読んだ事は無かったのですが、直ぐに「あ、ペストの時代を描いた本だと。」ここからは割とやりたい事が明確となり、1Fのbarスペースは当時飛沫感染の問題がすごく取り沙汰されていて、では「喋らなければ接客はしていいのか?」という課題をお客様とともに飲食店のあり方を考えていけたら、と筆談バーとして営業することにしました。 オープンの1st yearは2Fの展示を”言葉”を軸に据えてアーティストをキュレーションしていくことに決めました。 2年目になる今年は人がコロナを受け入れ向き合うタイミングになってきていたので、自分のなかのOUT/SAFEラインと世間におけるOUT/SAFEの線引きを勝手にしていくんだろうという予想から理念とか道徳だったりといったテーマを決めきました。 来年のキュレーションの指針は今まさに考えているところです。更に手塚マキさんが、千駄ヶ谷で白いTシャツだけをセレクトして販売している白T専門店『#FFFFFFT』(注3)の夏目さんと出会い、歌舞伎町をもっと多角的なコンテンツで盛り上げたいという目的で、この街にふさわしい色=黒をコンセプトに、黒Tだけを選りすぐった黒T専門店『#000T KABUKICHO』を併設することになりました。

 

 ー お店の外殻が見えたところで、保士さんが合流された感じですか?

 

紀代士:ダダイスト(注4)一派が集うスイスの『CABARET VOLTAIRE(キャバレーヴォルテール)』というオルタナティブスペースがあったんです。バーがあって、アート表現スペースもあって、思想家たちが集う、みたいな。そんな場所をずっと思い描いていたので、イベントスペースの使い方とか、彼がVACANT(注5)で培ってきた経験を活かせるのではないかと思い、保士に声をかけて一緒にやることにしたんです。  

 

保士:VACANT(注5)では主にイベントの企画やディレクション、会場管理を担当していました。紀代士から歌舞伎町でこんなことを考えていると話をしてくれて、僕に何かできることがあれば協力したいなと思い手伝うことなったんです。実際展示の企画や運営、作品がより伝わるような見せ方を考えたり、会場のメンテナンスをしたりなど、一人では大変なことも多いので、僕なりにサポートできることを懸命に取り組んでいます。  

 

 ー 裏方って本当に大事ですもんね

 

保士:はい、表と裏、同じくらい大事だと思っています。

 

 

 *デカメロン ジョヴァンニ・ボッカッチョによる物語集。1348年に大流行したペストから逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話をするという趣向で、10人が10話ずつ語り、全100話からなる。

OPEN BOOK(注1)
https://www.instagram.com/openbook.goldengai/

手塚マキ(注2)
http://www.kabukicho.or.jp/topic_2020_01.php?lang=jp

白T専門店 #FFFFFFT(注3)
https://www.instagram.com/fffffft_sendagaya/

ダダイスム(注4) (仏: Dadaïsme)は、1910年代半ば[1]に起こった芸術思想・芸術運動のことである。ダダイズム、ダダ主義[2]あるいは単にダダとも呼ばれる。第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされたニヒリズムを根底に持っており、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴とする。ダダイスムに属する芸術家たちをダダイストとよぶ。

VACANT(注5)
 2009年原宿でスタートしたVACANTは2021年より代々木八幡へ。
https://www.instagram.com/vacant.vc/


新宿で偶発的に、それは必然に

ー  紀代士さんにとって新宿というのは縁の深い場所ですよね?その街をもっと文化的深度を深めていって、芸術的ムーブメントを起こしていきたいという目標は今後?

 

紀代士:デカメロンができるタイミングでちょうどここ界隈にアートスペースが一気に4つ興されました。『UGO』(注6)、Chim↑Pomの卯城竜太(注7)さん、アーティストの涌井智仁さん、ナオ ナカムラの中村奈央さん達による『ホワイトハウス』(注8)とか、代々木寄りに出来た『TOH』(注9)など。 これがほんとにちょうどデカメロンを立ち上げたくらいのタイミングで一気に、ががっと。 新宿という場所がある程度アーティストが表現することに対して享受してくれるというか、街全体としての余白があるというか、それぞれに視座をもってスペースをもって、それが新宿のなか点在している。このバーのスペースがみんなの集いの場になってきていて、当初描いていた機能も果たせている実感もあり、改めて新宿って面白いな、と思っています。

 

 ー 新宿が面白い。特にこっち側(歌舞伎町側)が面白いですよね。でも逆に個性が全国区に認知されているだけに、なかなか足を踏み入れない人も多そう。 今回ここができたことによって、初めて足を踏み入れたひとたちに、お二人が見えている新宿(歌舞伎町)の刺激って伝えられていると思いますか?

 

紀代士:うーん、どうだろう。でもここに来るまでにキャッチだったりフラフラしている人だったり、ある一定の刺激は受けて辿りつくんじゃないでしょうか?女の子だったら容赦なく声をかけられるし、男の子だったら(いろんなお誘いが多すぎて)歩きにくいし、ここにくるまでにある程度体力を消費してくる感じはありますよね。

 

 ー この街を知らない人には、ここにたどり着くまでの道のりさえも、ある意味エクスペリメンタルな演出になりますよね 同時多発的に興った点のスペースをつなぐというのは、この街だとより刺激的に体験できそうです。

 

紀代士:マキさんもよくやっているのですが、この街を知らない友人が来たら、新宿の面白さを伝えたいので積極的に自分が新宿回遊を引率します。えっ、ここ通れるの?みたいな路地裏に入っていったり、やっぱり顔が効く人間が一緒じゃないと難しいところも多々ありますし。

 

ー保士さんも一緒に?

 

保士:いやあ、わたしは全然行かないんです。もともとご縁のなかった歌舞伎町で、この街は情報量が多すぎてとても疲れるんです。良い意味でも悪い意味でも、の悪い意味での刺激ばっかり受けちゃってるのかも。。。

 

 ー ここに通い2年弱立った今、保士さんの中で新宿のイメージって変わってきましたか?

 

保士:かわら、、、ない。変わらないですね、、、。


紀代士:変わらないっていうのも良いことだよね?


保士:たしかに。そして、なんというんだろう。例えばここには、他にみつからない居場所を求めて集まってくる子たちが唯一”居て良い”と思える街だったり、一方でその子達からその場所を奪おうとする大人たち(補導・指導のみなさんのこと)もたくさん目について。道徳・ルールは置いておいて、その子達からここを奪ったら、その後彼らはどうなってしまうんだろうか、とか、とにかく長くここにいるといろんな意味で考えさせられることが多くて。人についてとか。    

 

 ー新宿と渋谷の違いってなんなんでしょうかね?若者の印象が何か違いますよね?

 

保士:原宿とも全然ちがう。なんだろう。やっぱりターミナルだからいろんなところから目指しやすい、ということなんでしょうか。紀代士とはちょっと感覚が違うと思うのですが、ここから家路につくたびになんだか胸が苦しいというか(苦笑)。なんとも言えない気持ちを抱きがちです。僕は新宿に向いてないのかな(笑)。

 

 ーそういう意味だと新宿”怖い街”というイメージはずっとブレてない感じはありますよね。

 

保士:でもだいぶ柔らかい街になった、と聞いています。


紀代士:秩序というんでしょうか?そういったある一定の緊張感も新宿にはまだ存在するので、それ自体の意見は置いておいて、渋谷だと何かあっても誰も止めない分無秩序とも言えるのかな。全裸監督とか虎狼の血とか、あの時代の表立っての活動は流石にないですが、新宿だったら誰かが喧嘩したら誰かが解決するみたいなことはまだあって、若い子もちゃんとアウトなラインを身を以て学べると思うんです。 ※あくまでも夜の繁華街の話題です  

UGO(注6)
https://www.shinokubo-ugo.com/ 

Chim↑Pomの卯城竜太(注7)
 https://ja.wikipedia.org/wiki/Chim%E2%86%91Pom   

WHITEHOUSE(注8)
https://7768697465686f757365.com/  

TOH(注9)
 https://www.instagram.com/gallery10.toh/


新宿ってフェアな街

紀代士: カウンターだけじゃなくて、街全体にそれが伝わっている感覚もあるし、新宿はみんな自分なりの価値基準・判断で遊びに来ているのかなと思います。ホスト。キャバクラみたいなお金が正義、みたいな風に見えているけれど実際のところはお金だけじゃない心からのサービス精神があったりだとか、みんな自分のルールがあるのでそのルールが共通項として似ているひとと仲良くなりやすい場所だと思います。いま2階で展示している『オルタ』が「新宿はみんなが常にだれかを待っている街だ」って言ったんです。自分はここに居すぎて当たり前になっていたのですが、改めてアーティストに言われて新鮮に感じました。 他の街だと、彼氏をまってる、とか友達と待ち合わせている、とかですが、新宿って『なにかが起こるのを待ってる』人も見受けられる気がします。もちろんそこには責任が伴うのですが、人間の欲がちゃんと吐き出せて会話が常に発生して、人間らしい街だなあ、と思います。

 

 ー 伺っていると新宿って、アート=特別とかではなくアートが日常に根付く可能性のある街なんだろうと想像できました。フェアに評価するとか、どっちの視点から見てもええやん、みたいな。

 

紀代士:そうそう、そうかもしれないです。うちでは普通にバーに飲みに来たお客さんも2Fに上がって鑑賞してくれたりするんです。僕がバーに立つときには全員フェアに場をまわしていくので、展示しているアーティストもバーのお客さんもお互い丁寧に、対等に話をする。アートに関係のない人が日常感じている問題意識を話したり、個人の趣味を吐露しても批判されることもないし、普段抱いている思想を語ってもみんな丁寧に耳を傾ける。みんながお互いを認め合う空間に少しずつなってきていると思います。それが新宿の良さとリンクして広がっていけたらいいな。

 

 ー まったくよくわからない一見さんはお断りしている?

 

紀代士:昔OPEN BOOKでは入れさせなかったですけど、いまは逆に。勇気をもって入ってきてくれるなら。

 ーお店の名前にちなんでテーマをもって会話を運んだりするんですか?

 

紀代士: もともとデカメロンも男女が物語を紡いでいく、という内容ですし、展示テーマを改めて会話の軸に据えて話すことでアーティストが投げかけているメッセージをみんながより深く考えて対峙してくれたりすることも嬉しいですし。そして今でもその当時(黒いデカメロン)彼らがデカメロンを支えてくれている大事な仲間であり、みんながみんなこの作品に思い入れをもって見てくれることが嬉しい。


アーティストからキュレーション側へ

 ー 紀代士さんはアーティストとして芸術に携わり、いまはキュレーションというキャリアをスタートされた。もう少し詳しく伺えますか?

 

紀代士:アーティストとして活動していたときは香りをメディアとして使い、そこにコンセプトを付与して作品を発表する、といったスタイルでやっていました。アーティストとして秋山さんとご一緒する予定だったのですが惜しくもその話の直後に逝かれてしまいました。自分がどういった佇まいでアーティストたちの背中を押していけるのか、アーティストとの会話の仕方、モノ派の作家たちとどう対峙してきたのか、スペースをどう運営していくのか、秋山さんの生い立ち、すべてお話し聞かせていただいて、だから美術に携わるって面白いということを存分に教えていただいた。その時は自分がスペースを運営することなんて微塵も思っていなかったが、当時の秋山さんとの会話を鮮明に思い出すし、一番支えになっている感じです。

 

 ー もしかして託されたのかも。

 

紀代士:だとしたらとても光栄ですよね。

 

 ー 心理学部ではプレイセラピー※子供に絵を描かせながら なんかも勉強されていたんですよね?心理学部では芸術と人間の心理を結びつけるようなテーマで学ばれていたのですか?

 

紀代士:僕の先生はメディアアートよりで。幻視と言われる”ファントム”って、例えば不慮の事故で手を失ったあとになんだかまだ左手があるような気がして視線を追っているような患者さんに、「あ、いま指動きましたね」みたいな問いかけをしながら義手をつくっていく。ないのにあると認識してしまうこの脳を、ないんだというチューニングをどうしていくか、というのをメディアアートにしていこう、という先生についていて、そこで僕は(いま映画館で当たり前のようになりましたけど)香りと視覚情報と音楽の情報が全てマッチするのか、ミスマッチなのか、何が補完し、何が補完しないのかみたいなことを研究していました。きっと僕が芸術に接続し始めたのはこの頃です。視覚聴覚嗅覚の連動性、快不快みたいなのを研究のテーマに据えて、いまはみんながマッピングしたり、動画静止画の垣根を超え始めていますが、当時としては大変刺激的なテーマでした。

 ーそういう学びがいまここで立体的に場として表現するにあたって活きていますね

 

紀代士:どうかな、活かせてるかな。



保士:僕はとても活きていると思います。デカメロンが魅力的なのは紀代士のその部分だと思います。有名な画廊ならまだしも、このユニークな場所で、まだまだ新しくて、それでも力のある作家さんたちがここでやってくれるというのはやはり魅力を感じてくれるから。コミュニケーション能力にも長けているし何よりやりたいことを信じて進んでいることが説得力になっていると思って見ています。

 ーもうこの場所がメディアになっていくんでしょうね?

紀代士:うん、そうなっていけばいいな。


保士:あとは継続すること、ここがとても大事じゃないでしょうか?興すこともとっても大事だし、続けるっていうことはとても大変だけど重要なこと。精進するのみです。

 

 ー 今年もわずかですね。来年、どうなっているんだろう。

 

保士:わからないけれど、だいぶ世の中が収まってきているムードはありますよね。たぶん塞ぎ込んでいることに慣れてしまわない、ということが今後の課題だと思います。抑制している、我慢しているということを自覚できなくなっていることが怖いなあと感じています。 誰かと会わなくてもいいんだ、みたいなことになるのが怖い。慣れる、って不感症になっているようなことに近いですもんね。

 

 ー じゃあもう今後は攻めの姿勢で前に進んでいく予定ですか?

 

紀代士:はい、僕はもう、やります。いくでしょ!みたいな。


保士:いくでしょ。いくしかないでしょう。

 

 ー 慣れる、でいうとシルクの話をしても良いですか? シルクって吸放湿性が高くて、UVカットできて保湿効果もあって、軽くて丈夫でしなやかでetc… 実はとても機能性の高い天然繊維なんです。その中でもタンパク質の組成が人間の肌のタンパク質の組成ととても似ていて、つまり、肌に一番近い繊維なので、気持ち良い。カシミアとかその他の気持ち良い素材って、触感として異物と認識して気持ち良いのですが、シルクは肌と似過ぎていて着ていると気持ち良いことすら慣れてしまって気がつかなくなる。という感じなのですが、既に黒のロングスリーブTシャツをご愛用いただいていていかがですか?

 

保士:夏の間ずっと着ていました。それこそ汗をかいても張り付かないし、一日中快適でした。舞台の稽古って、とんでもなく汗をかくのですがこれなら稽古着としても最高だと思います。

 ー実はこの素材でトランクスもあるんです。特に男性は下着の蒸れ問題が悩ましいところだとお察ししますが。

 

保士:ショーツがあるの知らなかった!上下で着たらもうお稽古バッチリですね。

 ー 今後の展開について伺えますか。

 

紀代士: コロナの影響で人と距離をとってリアルから距離をとって、っていうムードになってしまっていますが僕はやっぱり体験する、話す、そういったことを大事にしていきたいです。感染症対策は最新の注意を払いつつ、前に向けてぐんぐん進んでいきたいと思います。